一度は諦めた夢。その炎は、決して消えていなかった。
令和8年8月31日。
大阪・心斎橋に、一軒の鰻料理店が誕生しました。
その名は「鰻師 玄斎(うなぎし げんさい)」。
この小さな店には、一人の焼き師が長い年月をかけて抱き続けた、鰻への深い愛情と、決して消えることのなかった情熱が込められています。

一度は閉ざした、鰻への道
オーナー・焼き師である寺井正和は、かつて鰻料理の世界で修業を重ねた職人です。
鰻という食材の奥深さに魅了され、その美味しさを追い求めて、全国各地の名店を食べ歩いてきました。
関東の「蒸し」が生み出す、ふっくらと柔らかな鰻。
関西の「地焼き」が引き出す、力強い香ばしさ。
土地ごとに異なる技法、代々受け継がれてきた味、そして一尾に人生を懸ける職人たち。
その一つひとつに触れるたび、寺井の鰻への想いは強くなっていきました。
「いつか、自分にしか焼けない、本当に美味しい鰻を世に届けたい」
しかし、その夢の前に、大きな壁が立ちはだかります。
鰻の稚魚であるシラスウナギの減少と、資源の枯渇への懸念でした。
「どれほど腕を磨いても、どれほど美味しい鰻を焼き上げても、いつか鰻そのものが手に入らなくなるかもしれない」
その不安と葛藤の末、寺井は苦渋の決断を下します。
鰻の道から、一度は退くことを。
しかし、諦めたのは鰻の道であって、鰻への愛情ではありませんでした。

忘れられなかった、一尾の記憶
時は流れ、寺井は新たな挑戦として、寿司店の開業を計画します。
日本料理の花形ともいえる寿司。
しかし、数々の名店がひしめく大阪で、開業を目前にしたとき、改めて自分自身に問いかけました。
「自分が本当に、一生を懸けて追い求めたい料理は何なのか」
答えは、最初から心の中にありました。
やはり、鰻だったのです。
そんな折、かつて資源の将来を案じていた鰻の完全養殖技術が、着実に進展していることを知ります。
まだ多くの課題は残されているものの、鰻の未来に一筋の希望を見いだしたのです。
忘れようとしても、忘れることのできなかった鰻への情熱。
「もう一度、鰻と火に向き合おう」
その決意に、もはや迷いはありませんでした。
こうして寿司店の開業計画を改め、寺井は再び、鰻の世界へと戻ることを決意したのです。
「玄斎」という名に込めた誓い
かつて寺井は、江戸の時代に「玄斎」と呼ばれる鰻師がいたという話を耳にしました。
一尾の鰻に情熱を注ぎ、ひたすらに美味しさを追い求めたという職人。
名声のためでも、富のためでもない。
ただ、目の前の一尾を、昨日よりも美味しく焼き上げたい。
その一心で火と向き合い続けたという生き様に、寺井は深く心を打たれました。
「私は焼き師。玄斎は鰻師。」
生きた時代も、歩んできた道も違う。
それでも、火を見つめ、一尾に己のすべてを注ぐ想いには、どこか通じるものがある。
寺井は、その志に自らの生き方を重ね、店に「玄斎」の名を掲げることを決意します。
「鰻師 玄斎」。
それは単なる屋号ではありません。
一度は諦めた夢に再び挑み、生涯をかけて鰻と向き合い続けるという、自分自身への誓いなのです。

師匠から受け継いだ、三段仕込みの味
鰻の美味しさを決めるのは、素材の質だけではありません。
火を操る技、焼き上がりを見極める眼力、そして鰻の旨味を引き立てるタレ。
寺井には、修業時代から大切に守り続けてきた味があります。
師匠から教わったタレは、甘みの中に奥深いコクを宿し、鰻の脂と重なったとき、初めてその真価を発揮します。
ただ甘いだけではない。
ただ濃厚なだけでもない。
鰻そのものの旨味を引き立て、香ばしい皮とふっくらとした身を、ひとつの味わいへとまとめ上げる。
その味を最大限に生かすために大切にしているのが、こだわりの「三段仕込み」です。
焼きと味の重なりを幾重にも深め、香ばしさと旨味を引き出していく。
師匠から受け継いだ味を守りながら、その先にある、さらなる美味しさを追い求める。
伝統とは、守るだけのものではない。
受け継いだものを、さらに磨き上げていくこと。
それこそが、玄斎の考える職人の仕事です。

皮だけをサクッと。身は、驚くほどふわっと。
玄斎が追い求めるのは、一般的な関西風地焼きの、その先にある美味しさです。
厳選した国産の雌鰻を使用し、蒸しの工程を加えず、独自の火入れで焼き上げる。
しかし、ただ強い火で焼けばよいわけではありません。
鰻の皮をサクサクに焼こうとすれば、どうしても身にまで火が入りすぎてしまう。
皮は香ばしく仕上がっても、身の水分が失われ、硬く締まってしまうことがあるのです。
反対に、身のふっくらとした柔らかさを優先すれば、皮に十分な香ばしさを生み出すことが難しくなる。
皮をサクサクにすることと、身をふわっと仕上げること。
本来、両立が難しい二つの美味しさ。
その相反する食感を、一尾の中に共存させたい。
寺井が追い求めてきたのは、まさにその一点でした。
鰻の状態を見極め、火の強さを操り、皮と身への熱の伝わり方を繊細に調整する。
皮には、心地よい歯切れと香ばしさを。
身には、豊かな水分と脂の旨味を残し、驚くほどふっくらとした柔らかさを。
皮だけが、サクッ。
そのすぐ内側で、身がふわっとほどける。
口に入れた瞬間の軽やかな歯触り。
続いて広がる、鰻本来の旨味と脂の甘み。
そして、焼き上げた皮から立ちのぼる、芳醇な香ばしさ。
そのすべてを、師匠から受け継いだタレの深いコクが包み込みます。
皮はサクッと、身はふわっと。
言葉にすれば、たったそれだけのこと。
しかし、その一口を生み出すために、焼き師は長い年月を費やしてきました。
玄斎が目指すのは、ただ柔らかい鰻でも、ただ香ばしい鰻でもありません。
相反する二つの美味しさが、口の中でひとつになる瞬間。
「鰻とは、ここまで美味しくなるものなのか」
そう感じていただける一尾を、追い求めています。

一尾に込める、職人の覚悟
鰻を焼く仕事に、完成も終わりもありません。
同じ大きさ、同じ脂の乗り、同じ身質の鰻など、一尾として存在しないからです。
火の音を聞き、皮の焼き色を見極め、脂の落ちる一瞬を逃さない。
その日の鰻と、その日の火に向き合い、最も美味しい瞬間を見極める。
一瞬の判断が、味を変える。
だからこそ、どれほど経験を積もうとも、慢心することはできません。
昨日より、今日。
今日より、明日。
もっと美味しい一尾を焼くために。
令和8年8月31日。
大阪・心斎橋。
一度は鰻の道を諦めた、一人の焼き師が、再び火の前に立ちました。
師匠から受け継いだのは、技。
玄斎という名に見いだしたのは、志。
そして、自らの手で磨き上げたのは、誰にも譲れない焼きへの信念。
そのすべてを一尾に込めて、今日もお客様をお迎えしています。
鰻師 玄斎。
受け継いだのは、名前ではない。
一尾に人生を懸ける、職人の魂である。
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オーナー・焼き師 寺井 正和
